ミャンマーヤンゴン
エアアジアで1時間少しでヤンゴン国際空港へ。とても小さな空港で飛行機も3機ぐらいしかいない。

入国も飛行機1機分なのでスムーズだ。以前ハノイの空港は同じ規模だったが、イミグレーションに1時間ぐらいかかった記憶がある。
空港ロビー

空港から公共交通機関は内容なので、タクシーカウンターへ。
カウンターの女子大生の姉ちゃん

6ドルといわれたので、誰かとシェアしようと待ったが、結局一人で乗った。後で聞いたが、ドライバーと直接交渉だと4ドルでいいらしい。1時間ぐらい走って、日本人経営の東京ゲストハウスへ。(エアコンシングル7ドル)

他の宿でもよかったが、ここでいろいろ情報を得ることができてよかった。10年ぐらいの歴史があるゲストハウスである。金子さんという初老の方が経営している。あと日本語ぺらぺらなあんちゃんがいる。ちょっと高めだがおすすめのゲストハウスである。
部屋

ラウンジ

ミャンマーの通貨はチャットでレートは1ドル=1250チャットだ。サクラタワーの旅行代理店でやってくれる。また後でわかったが、東京ゲストハウスのそばのムーンベーカリーのビルの最上階にネットカフェと旅行代理店がありそこでも同じレートだった。サクラタワーはちょっと遠いのでここがいいかも・・・。なぜ空港で両替しない(できない?)かというと、ミャンマーは建前のレートと市場レートにかなり開きがあり、旅行代理店の両替もいってみれば闇両替なのだが、旅行者はこの手段しかない。またゲストハウスはドル払いが、ほとんどである。またこのレートの差によって、ミャンマーでは日本のパスポート更新が、100円ぐらいでできる。結構有名である。安いので日本大使館へ行ってパスポートの増補(ページ増)してもらう。
日本大使館

とりあえず市内を歩いてみる。まあ暑いことは暑い。真昼間は宿で涼んでいたほうがいいかも・・。大通り沿いに露天がたくさん出ている。

イギリスの植民地だったので、そのころの建物もたくさん残っている。

またありとあらゆる中古バスや中古車が走っている。

日本の30年前のくるまもミャンマーではまだまだ現役のようである。
映画館が涼しそうで安かった(50円ぐらい)なのでワールドトレードセンターを見てみる。映画は面白くなかったが、ミャンマー人はテレビ見る感覚で見ているので、映画の途中でもやかましい。また始める前に国歌が流れ、みんな起立、軍事政権のニュースフィルムが流れる。
映画館

ミャンマー猫


SONYショールーム ブラビアも売ってます。高いけど・・

髪が伸びていて、切りたかったのだが、ghのそばで日本人、韓国人、中国人歓迎の垂れ幕があり、カット70円だったのでやってもらう。
えびちゃんお勧め

ここも日本人が経営しているとのこと。日本語はなせるお姉さんが美容師に指示してくれる。結構いい感じである。
ミャンマーの男性はロンジーというスカートみたいな布を腰に巻いている。ちなみに男もこれをつけたまますわりしょんべんをする。

街にはビアホールがたくさんあり、みんなヨーロッパのサッカー見て飲んでいる。ミャンマービアジョッキ45円ぐらい。とても安い。暑い国はビールがうまい。

インレー
地方を回ることにする。インレーは湖があって涼しいらしい。でもバスでなんと20時間かかる。ミャンマーの移動はハードだ。距離はたいしたことないのだが、道路の舗装状態が悪いところが多く、そんなにスピードが出せない。またインレーは標高が高いので、細い山道をあがっていく。バスは日本の富士急行の中古である。


エアコンつきと聞いていたが、効きが悪く結局窓を開けることになる。運賃はGHで頼んで11000チャット1100円、ただバスターミナルが空港より遠く、そこにいくまでにタクシー代5000チャットかかった。1時半ぐらいに発車して、ちょっと走るとなぜかもう休憩である。休憩が長いなーと思いきや、バスが故障しているようで、後ろのサスの部品をなんか直している。

ミャンマーではドライバーもある程度の修理はできないと、運転できないようだ。みんな当たり前のようにのんびりしているのでいつものことらしい。このあたりは日本の感覚を捨てなければならないかも。
またバスの待ち時間にんミャンマー人家族とちと仲良くなり、インレーのあとで遊びにこいという。インレーから1時間ぐらいのタウンジーという街だ。電話番号と住所を聞いて後で連絡することにする。またこのおばさんが、他のおばさんに、僕の事をよろしくと頼んでくれて、頼まれたおばさんも親切にしてくれる。この辺がミャンマー人の親切さを感じさせる。
朝方インレー湖の拠点となるニュンシュエ村に着く。

宿はアクエリアスインにした。ダブル8ドルかな?あとで4ドルの安い部屋に変えてもらった(ただしこの部屋は停電のときは発電機がそばなのでうるさい)。ガーデニングに凝っており、庭の居心地もいい。おすすめのゲストハウスである。

宿に着くと、宿のおっさんが、女の子二人づれが、観光ボートをチャーターするけどシェアするかと聞いてくるので、安かったし(一人4000チャットぐらい)乗ることにした。湖の上は涼しくて気持ちいい。かなり大きな湖だ。島根の宍道湖ぐらいあるかな?インレーはボートを片足でこぐこのポーズが有名らしい。



カレン族

ここの猫は芸をする。輪の中をくぐるのだ。



ミャンマー建国の父 アウンサン将軍 スーチー女史の父











2時間程度かと思っていたら、いろいろ周って結局帰ったのは夕方だった。でも涼しく面白かったのでお勧めである。
インレーは朝晩は寒いぐらいだった。昼は暑くなるが、Tシャツと短パンではちょっと寒い。次の日は1日宿で本読んでのんびりしてたのだが、その次の日また船が出るとのことだったので、またボートに乗ってしまった。
タウンジー
タウンジーのおばさんへ連絡していってみる。ミャンマーでは裕福な家のようだ。

親族に軍の少佐がいるらしい。自慢の日本に留学している日本の妹の写真など見せてもらう。

あわよくば泊めてもらおうと思ったが、ミャンマーはその辺ちょっと厳しいようだった。まあ軍人さんもいるし、近所の目もあるようだ。夜は近くのレストランでお兄さんにおごってもらう。PCゲームカフェを経営しているとのことなので見せてもらう。ミャンマーのネットのスピード(とても遅い)で、ネットゲームできるのだろうか?
タウンジーで1泊して次の朝早いバスでマンダレーへ。バスはマイクロバスでもちろんエアコンなし約10時間だった。

6000チャット。マイクロバスにこれでもかって言うほど人を乗せるのでかなり狭い。


ガソリンも手で入れます

こんな道を10時間
マンダレー
マンダレーには夕方着き同じバスのイタリア女性とタクシーをシェアする。バスターミナルからホテル街まで結構高くて4000チャット。ナイロンホテルに泊まる。6ドル。

ここのホテル設備はよいのだが安い部屋は5階にあり、上がったり降りたりしんどいので、近くのロイヤルゲストハウスに移る。4ドル。

エアコンなしだったが、まあすごせた。ただホットシャワーのはずが水しか出なかった。屋上が居心地がいい。マンダレーではホテル街のそばにホームパーティという日本食レストランがある。I氏という日本人の青年がやっている。カツどんがうまかった。3500チャット。

バガンまで船がでているがエクスプレスは25ドルと高いのでローカルボートをと探すが、週2便しかないらしく、バスで行くことにした。このローカルボートにはあとで乗ることになる。
ロイヤルGHのノートを元に速いネットカフェとマッサージにいってみた。自転車でも結構遠かったが、エアコンもすごく効いていて快適、ネットカフェは確かに回線が早く、GMAILのブラウジングも速かった。またちょうど仕事がらみのメールもきていて、処理でき助かった。そのあと盲目のおじさんにマッサージしてもらった。(駅の真裏のあたり)普通の家で、わかりにくかったが、途中子供がうちわで扇いでくれた。4000チャット。

マッサージのミョウさん一家
有名なマンダレーからの夕日を見ようと、マンダレーヒルに向かった。ホームパーティ食堂で自転車を借りたのだが、スポーツタイプで、しばらくこいでいるとけつが痛くなってつらかった。またとても扱ったので、ふもとの動物園に先に行ってみた。トラが近くで見れて迫力があった。

猫としぐさがやっぱり似ている。1頭は目が見えないらしい。

この子象は芸をしろって怒られてかわいそうだったのでえさを買ってやった。それにしても象を見ているとなんか癒されるのはなぜだろう。
マンダレーヒルを上る。

ヒル入り口
自転車で疲れているのもあるが、階段がかなりしんどい。

この仏陀像が有名らしい。ここまでもかなりしんどかった。そのちょっと上にビルマの戦没者慰霊塔があるのでおまいりする。

こんな遠くまできて、こんな暑いところで戦ってなくなった方、皆様のおかげで今の日本はあります。頂上まで行く元気はなく、夕日がよく見えそうなところへ陣取った。夕日に見とれる予定だったが、ごらんのように普段の行いが悪く、曇ってしまった。




遊園地

サイカー(サイドカーの略)

マンダレーは街の中心に王宮跡とお濠がある
バガン
マンダレーも予定こなしたのでバガンへ移動。ここからロイヤルゲストハウスで知り合ったSZ君とルートが同じなので、一緒にいくことになった。ロイヤルゲストハウスの前のタクシーはぼりやがるので、流しを捕まえて、バスターミナルまで。GHでSZ君を待っていたドライバーから恨まれファックユーと指を立てられた。お前がぼるからだろが、腹立つなー。ミャンマー人も旅行者慣れするとこうなっていくのだろうか?バスチケットはSZ君に買ってもらっていた。マイクロバスである。


本来マイクロバスは、従業員の送迎など短距離を運行することが前提で設計されているはずである。がここミャンマーではそんなことは関係なく、狭いシートに無理やり人を詰め、通路もプラスチックの補助いすで人を座らせ、屋根の上にも乗れるだけ人を乗せるのである。マイクロバスに50人ぐらい人が乗れるとは思わなかった。またぎゅうぎゅう詰めなので、けつをちょっと動かすのが、精一杯である。

エアコンなんてもちろんない。暑いのは窓から風が吹くから我慢できるが、狭いのが大変だった。これで大体10時間乗っていた。へとへとになり、バガン市内へ入るところで関所があり、外国のツーリストは、入域料10ドル払えという。途中まで顔伏せて知らないふりをしていたが、逃げれず結局払った。宿でもチェックするので、逃げれないようである。ちゃんと遺跡の修復に使ってね。政府のお偉いさんのぽっけには行かないでね。また表示を見ると学生は免除のようであった。カオサンで偽学生証作った人は使えるかも。
バガンのなんか知らない宿の前でバスは止まって、欧米人は降りていくが、終点まで行けっていって運ちゃんに言う。バスターミナルに着くかと思ったら、このバスは市場のバス停が終点らしい。歩いてもたかが知れていたが、1000チャットでサイカーに乗り、ピンサブラゲストハウスへチェックイン。6ドル。まあまあまともでまあまあおすすめのゲストハウスである。

近くの日本食レストランでざるそばを食べてうまさが染み渡る。今日の移動お疲れ様でした。

街の様子



このおしろいはなぜかタナカといいます

みんな何を祈る?


馬車をチャーターしてバガンを周る。1台9000チャット。

バガンもアンコールワットなどと並ぶ世界3台仏教遺跡だ。ここは金ぴかの新しいバゴダより日本人好みの遺跡風のバゴダがたくさん見れる。数で勝負という感じである。3000ぐらいあるらしい。






初めは一生懸命見ていたが、3,4個、見ると飽きちゃって、飯食ったら、昼寝できるバゴダがあると馬車のおじが言うので、暑いしそこで休むことにした。レンガでできた遺跡の中は、とても涼しく確かに昼寝に最適だ。

SZ君はほんとに寝ているようである。

絵葉書売りのかわいい少女がいて、かわいいしつこさで10枚で1000ちゃっとと言って来る。


じゃあ俺が持ってる時計を5000チャットで買ったら絵葉書かってあげると交換条件を出す。時計は以前買ったマルボロののおまけについていた安物だ。無理だろうと思っていると、少女は他の買い手を捜してきた。買い手の奥さんはちょうど主人が時計がなかったのって言って、日本製よねと念を押す。僕はそうだというと5000チャットと交換した。(多分中国製だろうけど・・・)約束なので絵葉書を買わざるをえなかった。ミャンマー少女恐るべし・・・。ただ物売りに対抗するはこの手がいいかもしれない。まだこの時計たくさんあるしね。。。
あとお寺でわかったのだが、ミャンマーは曜日が8つあるらしい。確か水曜日の午前と午後が独立しているそうだ。占いでも自分が何曜日生まれかは大事なことらしい。あと名前にも曜日を入れるそうだ。アウン・サン・スーチだったらサンのところが曜日らしい。だから名前を聞くとその人が何曜日生まれかわかる。またこの国は占いが盛んで、一説によると最近ヤンゴンから首都を移したのも占いの影響もあるらしい。
自分の生まれた曜日に水をかける

幼稚園児には見えないが・・・

夕方上に登れるバゴダに登って、夕日を見る。バゴダの中に沈んでいく夕日はすばらしい。来たかいがあったかな。

ピーまで移動
バガンでもっとゆっくりしたかったのだが、しばらくバスに乗りたくないと思った僕たちは船で移動することにした。ピーまでの船が今日来るとのことだったので、急遽荷物をまとめて、船着場へ。船は11時ごろだという。歩き方によると一泊2日らしいのだが、この時間では着かないと思う。
洗濯中

残念ながらこの船ではない

船が来て聞いてみると2泊3日だという。まあいっか。9ドル。雑魚寝である。キャビンも15ドルだったが、結局板の上で寝るので、雑魚寝にした。


スピードはかなりゆっくりだが、バスと違って横なってくつろげる。貨客船なので途中停泊して、荷物積んだりおろしたりしながら行くので、すごくのんびりである。

家族の弁当です


川なので危ないせいか、夜は停泊して一夜をすごす。

なかよし兄弟姉妹


停泊先では珍しいせいか旅行者にみんなとても親切にしてくれる。ただ一泊目は蚊がひどかった。地元の人はみんな船の中で蚊帳をつっている。SZ君も船の中でテントを張った。蚊取り線香つけるが、あまり効果はない。
朝のお祈り


兄ちゃんきれいだね


惚れました・・

下手するとこうなる

おばあさんもタナカですべすべ

こんな船でした

珍客だブー

さすがに船中二泊三日はへとへとになり、ピーの街が近づくとうれしかった。
3日目の夜9時ごろピーに到着。その日のうちに鉄道でヤンゴンまで移動してもよかったが、もう気力がなく、一泊する。アウンガバーGH5000チャット。SZ君とビールで到着を祝って乾杯。
ピーの街

翌日SZ君と別れヤンゴンまでバスで移動。この道は舗装がよく快適だった。6時間ぐらいだろうか。バスの中でであったピーで日本語教えているおじさんに休憩のときめしおごってもらう。ヤンゴンに戻るとまた東京ゲストハウスへ。
ヤンゴンへ帰ってきた

3月のピークは過ぎたようで、すいていた。ここでマンダレーで同じ宿だったTG君と再会。彼も31日のエアアジアで同じ便だ。
まとめ
ミャンマーは想像以上に移動がハードだった。まさに修行。。
読んでくれてありがとう。ランキングクリックしてね。
カンパ、ご寄付、お布施いただける方があれば。。。100円から送金できます。